この男、強制送還につき。。。

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今日は長いストーリーなので覚悟をしてください(笑)ホントは何日かにわけて書こうって思ってたんですが、また更新が遅れるといけないので、一気にレポートします。

なんと日本に戻ってきていました。本当は前の書き込みのすぐ後、アメリカ・デトロイトに着いてそのまま強制退去になりました。やはり40日という行程にビザ無し、しかも旅行プランも全くなしという無茶苦茶なシナリオ設定がダメでした。本当に外国ではパワー無し。約8時間移民局で粘りましたが、結局そのまま日本に帰りなさいということに・・・これから海外に行く人には参考になるかも。

機内から見たカナダの上空。この時までは僕の頭はアメリカンドリームで一杯。一面の銀世界が眼下に広がります。

NW012便の中僕の前に座っていた中国人親子の息子。とても可愛いね。世界が平和だといいですよね。

アメリカ・デトロイト国際空港に約1時間早く到着。
程なくして入国審査。僕のアメリカでの転落人生はここから始まります。

「次!」と言われ僕は自信満々の態度でイミグレーションのカウンターへ。
「目的は?」「期間は?」といういつもの質問になんの問題もなく答えていきます。
入官「どうして40日?」僕「HOLIDAY!」入官「何でDAYTON?」※DAYTONというところはデトロイトから更に国内線で一時間ほどの田舎町なので、いきなりデイトンから旅が始まるのが分からなかったらしい。ライト兄弟の地元らしくて、アメリカでも大きい空軍博物館がデイトンにあるのを知っていた僕は・・・「僕、おじいちゃんが旧日本帝国海軍のヴェテラン(退役軍人)だから、興味があって日本の戦闘機を観に来た」入官「ふうん~了解。もう少し聴きたいことがあるから別室に行って」とこのくらいから雲ゆきが怪しくなりはじめ・・・1時間くらいしてさらに違う管理官「もう一度話して」僕「はい。blah…blah…blah…」と同じ事を繰り返してはなした。違う管理官「じゃあ、荷物検査、所持品検査してもいい?」僕「どうぞ」。。。と悪夢の前兆が・・・

荷物を細かく見ながら入官「これは?」と僕の仕事ノートをみて「ノート。ダイアリー」財布の中身特に名刺を細かくチェックして・・・友人のユニバーサルミュージックの名刺を特に見てたな。(多分、アメリカでビジネスをしてるんじゃないかと疑ってたんだと思う)最終的にこの仕事の行程表が出てきた。それを更に細かくみながら・・・入官「Well,Well,Well, Your said that you are not comming to the US for Business aren’t you? hah?」と自信満々に聞いてきた。僕「No I am not. I’ve came to here for a holiday that’s it!!! I told you many times」入官「Explain about this!」と少々煽ってきた。僕は落ち着いて「This is my work sheets in Japan….」などと苦しい説明をしていたが・・・航空券とこの行程表がぴったり合致することを確認してからは向こうのペース。入官「もう一度ちゃんとまともな証言をしてもらうのに、通訳を必要としますか?」と聞かれたので僕は、態度が悪いのにキレかかっていて、「そんなアメリカの側に立ったアンフェアな感覚を持つ日本人の助けはいらない」と突っぱねた。向こうはため息を付きながら「なら、右手を挙げて宣誓しろ。もしも間違った証言、嘘の証言をした場合、5年またはそれ以上の訴追をされる事を誓ってください。私は、アメリカ連邦入国管理官・なんとかなんとかです」というので、僕は右手を挙げながら「Yes. Ma’am」と答えた頭の中には(もう正直に言おう)本当の事を言おうって思い始めていた。40くらいの質問をされて、入国に際して言ったことと違う表現のところを指摘されて、細かく修正をされた。そして、最終的に「強制送還」が決まった。正式に。

さらに・・・そこから・・・

1時間くらい待たされて・・・
入官「今日はもう日本行きの飛行機が無いから明日の飛行機になるからいまから、DETROIT COUNTY JAILに移送する」と言われた。「ん?JAILっていった?ジェイル?」イギリス英語の僕に[JAIL]という言葉?エルビスプレスリーのJAIL HOUSE ROCK?監獄?でもここはKISSのDETROIT ROCK CITYぢゃねーの?とかとぼけたことを思い浮かびつつ。。。CELL?って聞くと屈強そうな警察官が「そうだ。とりあえず、移送にあたり、手錠をかける。壁に両手を突け。足を肩幅に広げろ。リラックスだ。そうだ。少しでも力を入れたらお前はGET GROUNDだ」とか耳元でささやかれながら、左手を後ろにされて手錠を掛けられ、右手も後ろに回されて両手は拘束された。そして僕の身柄も拘束された。そして、「歩け」と。(このとき僕のコンバースのひもは取られ、ベルトも外されて、上着も、パーカーも取り上げられTシャツ一枚・ジーンズだけ。スニーカーはひもがないのでパカパカ)そして、空港のまだまだ旅行客であふれた到着ターミナルを手錠をかけられ、警察二人に両肘を持たれた俺は到着ロビーをなめ回すように歩き回され、外に止まっているパトカーの後部座席に乗せられた。この時、当然一般客、の面前を歩かされるわけで、特に日本人の視線を痛いほど感じながら歩かされていた。多分見せしめもあったと思う。裏導線とかではなく完全に表なのです。顔から火が出るくらい恥ずかしかった。またこの道を帰るんだろうか?と思うとさらに気が重くなった。30分くらい雪道(!!多分零下10℃とアナウンスされてたと思います)僕はTシャツで、手錠。こんな状況で誰が逃げるんでしょうか?財布も全部取り上げられて。その道すがら「大丈夫だ。だれも邪魔するヤツはいないから安心しろ」「このビル見えるか?フォードのヘッドクォーターだ」とか街の説明をされた。そして留置所到着。鉄格子の中にカウンターがあり、アメリカのドラマで見たそのまま。付き添いの警察官から、留置所の刑務官に身柄を渡され、「NAME?」僕「hankypunky(仮名)」刑務官「DATE OF BIRTH?」僕「6th April, 1968」刑務官「CITIZEN?」「JAPAN」と僕。

刑務官「OK, You will be called NO.6. OK? No.6, you are No.6 from now」
僕「huh? No.6? My name is hankypunky」
刑務官「I know, but you’re No.6 just now.」と切り捨てられてしまった。

そして、いきなり今は空いてないからここへと。雑居房へ。さっき俺の邪魔するヤツはいないって言われてここきたんだけど。いきなり邪魔されてんじゃん。っておもいつつカウンターの前にある待合室みたいな雑居房へ。入れられているのは普通の人は当然いない。わずか6畳くらいのスペースに10人くらいの罪人。当然座るところはない。2時間くらいだろうか?時間はさっぱりわからないのでどのくらい時間が過ぎているのかも分からない。「NO.6」と呼ばれた。無視していると全員が僕を見ている。「あ~みんな俺がNo6」って知ってんだな。と思い前に出ると、みんなが逆の壁に移動。僕を外にだす仕草。僕が出るのを確認するまでみんな壁に手をついていた。それから約3畳くらいの独房へ。入り口の所に銀色の洗面器と便器が一緒になった水回りがあり、水を流すとそのまま下の便器に流れる仕組みになっている。のどが渇いていたので水を口にすると、いかにもお腹をこわしそうな水の味していたので、口をゆすいだだけにした。まるで「たな」みたいなベッド当然マットなどない。硬く冷たいコンクリートの上に毛布が置いてあり、あまりに寒いのでその毛布をかぶってじっとしていた。

いったいどのくらい時間が経ったのかもさっぱり分からず、小窓をみるとうっすらと明るくなっている。なるほど、これでだいたいの時間を知ることが出来る。でも明るい時間。朝の8時なのか?昼の3時なのかは判別できない。ときどき、見回りにくる刑務官に時間を聞くと「知らない」という。寝ても寝ても時間がわからない?なにせ外は零下なのに、僕はTシャツ一枚なので、ガタガタ震えがくる。すると鉄格子の下の小窓から、ドーナツ2つとオレンジジュースが投入された。お腹が空いていたので、がっついた。この時本当に悲しい気持ちになった。何をしているんだろ?早く日本に帰りたい。と思った。どのくらい時間がたったか分からないけどいきなり「NO.6 OUT!」と言われた。とうとう日本に帰れると思った。すると、私服の警官が。それから彼らが何を言ったのか分からなかった。急に全部の音がミュートされた感じ。警官はまるで口パクみたいな感じ。落ち着いてくると、いつの間にか取調室へ。昨日の事をもう一度尋問され、通訳を用意したみたいなことを言うので、僕はかたくなに、「いらない」というと、またため息をつかれ。前任でやはり強制送還された同僚の名前と写真を見せながら「知ってるか?」と聞かれた。ありとあらゆる事を聞かれたが、とぼけた事も言ったし、ちゃんとした事も言った。約2時間の取り調べの後、刑務官に「今日迎えに来るって聞いているが、いつになるのか?」と聞くと「今日じゃない」と一言。僕はまた奈落の底に落とされた気持ちになった。このままどうなるのか?俺はなにもやって無いじゃないか。どうして?という気持ちに駆られ、それでもまだ会社をかばってる証言をしている自分に気がついた。多分2年くらい前に精神を病んだのもこれなんだって気がついた。最後に守らなきゃいけないのは自分なんだよって思った。思えばいつも会社の事だけ考えて生きてきた。この中途半端な僕が自分の事を壊したんだよって気がついた。もう自分を傷つけるのはやめよう。自分のために生きていこうって強く思った。そんな気持ちになったらなんだか急に楽になった。とりあえず、この鉄格子を出て行かないとって。腕立てしたり、腹筋したりしながら時間をつぶした。自然と暗くなり、また明るくなり、「No.6!!!OUT」と呼ばれた。また尋問か?っておもってたら、また生年月日をきかれ、シチズンを聞かれ、名前を聞かれたので「hankypunky!」と答えると刑務官も「OK」と言い、迎えにきた警官から、壁に手を付けと言われまた手錠を掛けられてパトカーに乗せられデトロイト空港へ・・・・警官から「They feed ya?」と聞かれた(この質問はどうとられるか分からないけど、feed=えさを与えるという意味だから、とても屈辱的に感じた。まあ、乳飲み子にもfeedはつかうんですが)僕はぐったりしていたので適当に愛想的な会話をした。空港に到着して、ロビーを警察に付き添われて、手錠姿で、また旅行客でごった返す国際線の到着ロビーを歩かされた。一昨日と同じ。僕の表情はなかったと思う。僕はコワモテとよく言われるので手錠を掛けられたアジア人は旅行客にどう写ったのかその場所にいた人に聞いてみたいものだ。やはり、ヤクを密輸しようとしたアジア系マフィアの運び屋?国際指名手配のジャパニーズやくざ?多分悪い人に写ってるんだろう。いや間違い無いだろうね(笑)この時くらいになると少し落ち着き始めた。やっと日本に帰れる。いろんな手続きを済ませて今度は手錠なしで、でも警官の先導は変わらない。僕の登場するであろう飛行機NW011の手前まで来た。この二人はどこまで来るのか?僕のパスポートを持っている。警官二人は飛行機の入り口の前で僕を前後でサンドイッチするように挟んで僕の座る席まで付いてきた。席に座るのを確認すると、僕に搭乗券を渡しいなくなった。機内でも僕に視線は集まっている。本当に最低な気持ちになった。

日本に帰る飛行機の中から撮影したアラスカの流氷群と大地。凍てついている

日本に近づくほど・・気持ちがリラックスし始めた。
成田へあと2時間くらいというアナウンスがあった頃、
窓のシェッドを明けてみると遠くに飛行機が見えた。

よく見ると飛行機は見えないが目の上に飛行機雲が出来ているのが見えた。
ひょっとするとこんな近くを別の飛行機が飛んでるのかな?とじっと見つめているとわがNW011 ボーイング747-400は一番早いらしく近くの2機を少しづつ追い抜いている感じだった。そして・・・

やはり我が機の上空にも飛行機がいた。最初に見えていたのはJAL機、そして目の上を飛んでいるのが大韓航空機だ。

そして、その2機が並んでいるショットが撮れました。なんだか嬉しいですね。大空の中にいて、こんなところでこんなにたくさんの飛行機に出会えるなんて。。。

成田に何事も無かったように到着して、やっと僕はプリズナーから普通の人にもどった気持ちになりました。成田空港の到着ロビーのフロアにKISSしたい気持ちになりました。

帰国するといつも脱力感で一杯になるものですが、こんなに安堵感のある帰国は初めてでした。

(長くおつきあい頂きありがとうございました)

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